modest violet

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modest violet

開発者としてのあれこれや、日々の雑記など

your future hasn't written yet. no one's has.
by Emmett Lathrop "Doc" Brown

我々は「長時間労働」に何を求めているのか

雑記

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 まだまだ日本では『残業が多い=優秀』という構図が根強いな、と改めて思った。事の発端は、「残業もせずに定時でとっとと帰る人はイライラする」と、私より年下の社員がボヤいた事に起因する。すかさず、「いや、それは違う。やるべき事を時間内で終わらせるのが最善であり、意味のない事をダラダラされるよりはマシだ」と諭した。この意見も賛否両論あるだろう。ただ、IT業界を始めとするクリエイティブな業界において、「就業時間での縛り」はあらゆる側面で様々な難しさを残す。

時間=成果ではない

 工場など、1時間に何個製品を生産するという事が明確な業務であれば、『残業が多い=優秀』というのは間違いではないと思う。何故ならば、1時間で生産できる本数というのが明確であり、働けば働く程生産本数が増えるからである。
 ところが、個人のスキルにより成果が大きく変わる業務となると、『長時間勤務=優秀』とは言えない。例えば、大ベテランな大工の棟梁と新人大工では、作業にかかる時間も質も段違いである。棟梁が時間内でクオリティの高い完成品を提供したとして、新人は残業し、遥かに質の劣る完成品を提供するとしよう。旧来から根強くある『日本的な評価』は後者の残業が多い新人の方が評価される事となる。これでは、棟梁が報われない。結果、棟梁は意味のない残業を行う事となり、無駄な時間の浪費が行われる。
 つまるところ、時間であれば、一律何時間オーバーだから・・・という単純な評価が行いやすい。一方、『早く仕事を完遂した』事に対する評価方法は、判断が千差万別で難しいのである。

延々と仕事をさせられる恐怖

 一方で、残業代固定という名ばかりの管理職に就かされ、延々と時間を搾取されている労働者の方々もいる。本来は3時間かかる仕事を2時間でさせられ、余った1時間にさらに膨大な仕事を詰め込まれる。余った1時間分だけならまだしも、1時間の枠にその何倍もの仕事を充てられる。これでは、速くやればやるだけ、自分の仕事がいつまでも終わらない無限ループが開始され、頑張る人ほど報われないという構図が完成する。
 つまり、1日8時間という労働時間の縛りもおかしいのである。早く終われば、その分早く帰宅できるようになればいい。早く頑張って仕事を終えた人に、就業時間が余っているから、さらに仕事を投入するなど、馬車馬かと言いたい。人は常に全力で走れるわけではないのだ。

受け入れがたい思想と見習うべき思想

 とは言ったものの、なかなか『時間評価の呪縛』からは逃れられない。若い人が多いスタートアップ企業ならいざしらず、年配世代が多い会社ではよほどコンプライアンスが確立していないと難しいだろう。何故ならば、そういった『残業=頑張っている』とする評価しかされない時代で育ってきたからだ。その影響が強いのか、前述の年下社員が発した「定時で帰ると悪」というのが、未だに根強く蔓延っている。そして、残業を行い仕事を行っても終わらない仕事のなんと多いことか。
 ドイツは日本とは逆で、早く仕事を終える人が優秀という考えが定着しているそうだ。仕事の進め方や結果でも日本人と比べて、非常に面白い結果が出ている。

tabi-labo.com

 紹介したブログを見て頂くと、一見ドイツ人は雑に色を塗り、日本人はビシッと綺麗に塗っているように見える。これはこれで大事な要素だと思う。
しかし、全てを終えているかどうかと問われると、日本人は半分も終わっていないのである。性質上、日本人は残業もいっぱいしているだろう。誤解のないように述べると、キチッと見えない箇所も丁寧に仕上げる日本古来の職人魂は私は好きだ。だが、必要以上に手をかけすぎて、スピードを殺してしまっているというのが今の日本の問題なのではないかと最近感じている。

Be Lazyを推奨

 度々ブログでも取り上げているが、マイクロソフト エバンジェリストの牛尾さんが書いたブログに、『Be Lazy』というキーワードが頻繁に出てくる。

simplearchitect.hatenablog.com

 最小限の努力で最大限の効果を発揮する。私は怠け者なので、この言葉には過剰なほど反応した。やりたくないけど仕事だから仕方ないか・・・とあきらめてやっていた仕事があった。でもやりたくない!そこで、怠け者の私は考えた。そしてその業務を誰かに引き取ってもらう段取りを行ったのである。この「段取り」を行うかどうかで怠け者じゃない云々はおいておこう。結果、交渉がうまくいき、やりたくない業務は私の手を離れていった。なすりつけた訳ではない。トレードオフで自分に増えた業務もある。しかし、今まで行っていたやりたくない業務よりは自分にとって遙かに有意義な内容の作業であるため、苦にはならない。人を幸せにする為には、まずは自分が幸せにならねば駄目なんだよ、とよく言われる言葉だがまさにその通りである。「会社の為に働く」という人たちがいる。いや、その前に「自分の為でしょ」という事である。どうも、私は就職氷河期組だったせいか、会社に対する忠誠心というのが芽生えない。単に性格なのかもしれないが・・・。忠誠を捧げて働けた時代の人はそれはそれで幸せだったのかな、、、と考えたりもする。
 結局の所、働き方は十人十色で他人が評価するなんて難しいのである。そこを時間で一律で判断しようとするから、怠けたり、騙して長時間働かせたり等色々横行するのだと思う。まだ、今の段階では答えの出ない問題だと思う。20年か30年後、誰しもが幸せになる働き方ができる時代が訪れていることを切に願う。